ポンプ室の裏 吐いた唾で煙草を消す

頭の中が6畳間だったなら、とりあえず勉強しなきゃ、という思いがキングサイズのベッドだ。
あとはテレビとステレオとエロ本しかない部屋。笑いと音楽と女の子のこと。
いくら模様替えをしてもデカすぎるベッドのせいで大して気分も変わらず。
ひとつしかない窓にはレースのカーテン。
光は差し込んでいたけれど、その向こうの景色ははっきりとは見えなかった。


4月。
ヨーちゃんを除く俺ら5人は無事に、というか普通に3年に進級できた。普段は無茶苦茶遊んでいても、なんだかんだ定期考査の前にはみんなキチンと試験勉強をやっていた。仲間がどの程度の成績で、自分がどのくらいのポジションなのかは、口には出さないまでもみんな気にしていたはずだ。ヨーちゃんは明るくて行動的でお洒落だった。少なくとも俺らの中では人気者だった。でもこっちがディープになるくらい馬鹿で、なにより要領が悪かった。去年の予餞会、俺らのバンドの演奏に興奮したヨーちゃんが客席から消火器を噴霧したときは本当に参った。やりすぎだ。すべてがそんな調子で後先を考えないから留年なんかすることになったのだ。高校での留年なんて致命傷だ。
仲間内でひとり階下の教室に残ることになった彼とはゴールデンウィークに入る頃には疎遠になっていた。そうなった、というよりは俺たちが距離を置き始めたのだ。溜まり場になっていた戸田の部屋で5人で遊んでいても、外からヨーちゃんのジョグの音が聞こえてくると、「ヨーちゃん来たら、出かけたっち言って!」と戸田が母親に告げるということが何度か続いた。玄関先でのヨーちゃんと戸田の母親とのやり取りを笑いを押し殺しながら聞いていた俺たちは本当にひどかった。「俺らひでぇー」などと笑い転げながら言い合っていたのも、本当はひどいなんてこれっぽっちも思っていないことも含めてひどかった。
5月の中頃。
俺とナミーはやっと原チャリを買うことが出来た。2年のときから地道に続けてきたタダ食い貯金が目標額に達したからだ。うちの高校の食堂は無法地帯だ。餓鬼が群れなす地獄だ。そんなもんだからどれが誰の食券かもわからなければ、出てきたものを誰が持っていったとしてもわからなかった。俺とナミーは1年近く食券も買わずにいきなり窓口の群れに紛れ込んではカレーを強奪してきた。カレーの窓口が常に一番人が多かったからだ。あるとき、すっごく恐ろしかった先輩のカレーと知らずに横取りしてしまった。激昂したその先輩が「おまえ俺のカレーとったやろうが!」とわめきながら全く関係ないヤツの胸倉を掴んでいるのを見て肝を冷した。味のしないカレーをスープのように流し込んだ。そんな努力の末についに手に入れたスクーター。俺はディオ。ナミーはチャンプだった。その週末には近くの貯水池にツーリングに行った。ナミーのフルフェイスにはヤツの大好きだった「長淵剛」の名が自作のカッティングシートで貼られていた。が、額のど真ん中に「SHOEI」のロゴのあるそのメットに、こいつは何を思ったかそのロゴを挟む形で「長 SHOEI 渕剛」と貼っていたのだ。普通苗字と名前で切るだろう。「長」で「淵剛」だ。しばらくのあいだナミーの別名はブチツヨシになった。
そのナミーが次の週の半ばから学校に来なくなった。もっともしょっちゅう学校を休んでいたやつだったが、土曜日になっても来なかったし、学校を休んだ日でも必ず現れていた戸田の家にも来なかったのでさすがに気になった俺らは次の日ナミーの家に行ってみることにした。ナミーの家の前に着くと俺たちはすぐに事態を把握することができた。ガレージに食べかけのケンタッキーのようになったスクーターがあったからだ。スウェットの上から腹を掻きながら家から出てきたナミーは「何しに来たん?」と愛想のないことを言いながらも俺らを招き入れた。聞けば通学途中に前方から右折してきた軽トラと接触事故を起こしてしまったらしい。さっき見た鶏ガラはその成果だ。廃車確定だそうだ。怪我などは全くしなかったが学ランがボロボロになってしまい、そのせいで学校に来なかったとのこと。あと何日かで衣替えになるのでそれまで休むつもりだそうだ。
次の日。
俺は休んでいるナミーの席で授業を受けることにした。周りが仲のいいやつばかりだったからだ。地学の授業中、何気なく引き出しの中に手を入れたらそこに真新しい上履きがあった。新学期にナミーが買ったものだと思われる。そのころの俺らの流行りは上履きにお気に入りのミュージシャンやバンドのロゴを書き込むことだった。メタル好きのリュウラウドネスとアンセム。渋目好みで周りからは少し浮いていたヒデちゃんはマディー・ウォーターズ。モニタースピーカーに足をかけた布袋のラバーソウルを奪おうとして蹴りを喰らい前歯を折ってしまった戸田はボウイ。修学旅行のとき「ままま」という屁をした井上は浅香唯。JUNの隣で小便をしたことがある俺はウイラード。という感じだった。他人の持ち物はキャンパスだ、を信条に高校生活を送っていた俺は迷わず油性ペンを手に取り、そのまっさらな上履きの側面に「アドンナ」と書き込んだ。一部始終を見ていたらしいゆうちゃんは笑いをこらえながら、自分によこせ、と言って来た。コラボの開始だ。マッキーの太いほうで「アドンナ」を縁取ったゆうちゃんはそのまま同じ書体で「サミー」と書き足した。サミーアドンナ。再び戻ってきた上履きに俺は「Jr.」を書き足し、さらに「1st.シングル ワールド・チャンピオン」ともう一方の側面に書いた。期待のニューカマーが誕生した瞬間だった。
2学期になり、文化祭でのクラス合唱曲を決めるアンケートに、このサミーアドンナJr.のワールド・チャンピオンが10票近くも投票されることになることを俺たちはまだ知らなかった。